釈迦の教えと仏壇 2
アーナンダは、ここではじめて師の死が近いことを知り、そっと場をはずして、
「ああ、私は、もっと師から学ばなければならないことがたくさんあるのに、私をのこして逝かれるのか」
・・・と、ひとりで、さめざめと泣いたといわれます。
釈迦はアーナンダがそばにいないことに気づき、泣きはらした目のアーナンダを病床のかたわらに呼び寄せて語りました。
「アーナンダよ、悲しむな。泣いては、いけない。
私はいつも教えていたではないか。
すべて愛する者といつしか別れねばならないことを。
アーナンダよ、なんじは長い間よくこの私につかえてくれてありがとう。
心から感謝する。
このうえは、さらに精進して所期の目的を達成するがよい。
アーナンダよ、あるいはなんじらのうちにかく思う者がいるかも知れない。
"われらの師の言葉は終わった。
われらの師はもはやいない"と。
だが、アーナンダよ、そう思うのは間違いである。
私の肉体はここに滅びても、私の教えは永遠に生きている。
だから、私の肉体を見る者が私を見るのではなく、私の教えを知る者こそ私を見るのである」。
家に創価学会 仏壇がある方なら、きっとこの話はご存知のはずです。