今後の林業について 2
82年度の『過疎白書』によれば、過疎地域は1.151市町村(全国市町村数の35%)におよんでいます。
そこでは道路の改良率・舗装率、水道普及率、単位人口当り診療施設病床数、小・中学校の危険校舎面積比率、単位人口当り図書館蔵書数、一市町村当り老人福祉センター数など・・・
さらには世帯当りの年間収入、高校・大学への進学率などのすべてにおいて全国平均の水準を大きく下回っており、「第二次の過疎進行が起る恐れのある過疎地域市町村も多い」状態となっています。
旧過疎法の振興計画による70年代10年間の総事業費は7・7兆円。
うち50%が都道府県道や基幹市町村道路、通信施設整備にあてられ、農林水産業などの産業振興費は24%、生活環境施設や医療などは21%であったこと・・・
このことは、70年代の山村過疎対策の中心が過疎地域における拠点・中核地区の形成とそれらを結ぶ交通ネットワークの形成におかれ、「生活環境」施設の整備などはおおむね拠点地区のみにかぎられていたことを端的に示していると言ってよいでしょう。
80年代、新過疎法下の振興計画も基本的に70年代のそれと大きく異なりません。
しかし、本来的な生活環境や就業機会、生産環境づくりを欠いた道路づくりは、むしろ過疎化の新たなルートづくりとなるだけでしょう。
「低成長」下の山村地域開発の展開を、第二に「就業機会」の開発・整備の面からみると、その基軸をなすのは「農村地域工業導入促進法」(71年)にもとづく施策の展開でしょう。
同法はもともと基本法農政の行き詰まりの中で、稲作減反政策と結びつけて、制限農地を工業の地方分散化の受け皿にするねらいで制定されたものです。
70年代を通じて第一次・第二次の工業導入促進計画が実施されました。
これに加えて、「工業再配置促進法」(72年)にもとづく「工業再配置計画」(77年・通産省決定)も、三全総の定住構想をバック・アップするものとして推進されてきました。